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うづきじんのBLOG うのはなことのは

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小春の日和、甘苦し

 Fateエンド後日談。『りずせら』『胸中、穏やかならず』の一応続編。
 蒔寺嬢とセラさんの邂逅とか。














 その日あたしは、珍しく浮かれていた。

 それは例えば。多少なりとも期待していた駄賃の額が、事前の予想よりも一桁多かったり。
 助平爺さん供にとは言え、始終格好を褒め殺されたり。
 以前から狙っていた風鈴が、格安の値で手に入ったり。
 江戸前屋の店主さんがたい焼きを奢ってくれたりと言った、諸々の理由が身を浮かす。
 
 ―――全く。
 些かならず手が掛かるとは言え。こんな格好も、偶にはしてみるものである。

 満悦に浸り注意は散漫。浮き立つ歩みが、いつもながらに通りの少ない、進む歩道を踏み外す。僅かとは言え段を降った、微かな浮遊に身を任せ。
 伸ばした四肢に一拍遅れ、ひらりと優雅に軌跡を辿る、若草の色の衣を見やる。動き難いのは気に食わないが、これはこれで悪くはない。鏡に映るその姿は、我ながら大した小町振りだと思えたし。
 ……うん。これから親戚回りの時は、この姿で行くことにしようかなー、と。

 心は温かく、懐も暖かく。
 熱い餡子を舐めながら、弾む歩みで街を往く。

 ―――そんな、ご機嫌の時だったからだろうか。
 見慣れた街の最中、狼狽する彼女を助けてやろうなどと。
 らしくない思い付きに、身を任せたのは。

「あー……キャン・ユー・スピーク……だっけ?」

 最も、単なる気紛れと言う訳でもなく。好奇心が勝ったと言っても良い。
 だって、珍しいじゃないか。

「……アイ・シング・ヘルプ・ユー……分かる?外人さん」

 商店街で右往左往する、綺麗なメイドさんなんて代物は。











 『小春の日和、甘苦し』










 冬木の春は唐突に来る。
 そう、つい先程に伯母から聞かされた言葉を、ふと思い出した。
 公園に注ぐ光は温かく、座るベンチも存分に温もっていた。春の訪れを知らせる柔らかい空気の中、内と外から充分に陽の光を浴びて、大きく身体を伸ばす。その内側で軋み鳴る骨と酷使で凝った筋肉の、擦れ合うのが心地良い。

「蒔寺……様。本当に、どうも。有難う……ございました」

 荒い呼吸に紛れる様な、御礼の言葉に苦笑する。
「良いから。少し休んでってば」
 同じベンチに、文字通りへたり込むその姿を見やる。なまじモデルさんの様に綺麗なせいで、余計にその態は哀れを誘った。
 紙とビニールの袋の小山―――彼女が抱え、今はあたしとの間にあるそれからは、色んなものが多々覗いている。
 金属の光沢。プラスチックの、陶器の、硝子の色鮮やかな瓶、瓶、瓶。これも多彩な袋に小分けされた何かの粉。
 一番近くに放られた、一際重かった袋に目をやる。詰まっているのは一抱え程もある書籍類。そのタイトルが、薄いビニールに透けている。
 『簡単お菓子』『初めてのデザート』『甘いものづくり』……。
 ―――服装から察するに、ケーキ屋の店員さんか何かだろうか?
 最近では、こういった格好の喫茶店もあるって言うし。
 もう一山、彼女の傍らにある箱々を見やる。綺麗な飾り文字が描かれたその箱は、この近くにある喫茶店のものだ。由紀香から聞いた事がある―――確か、ケーキが評判の店だとか。
 ……この人、よっぽど甘いものが好きなんだろうか?それで自分でも作ってみようとした、とか。
 良く見てみれば、袋から覗いたものは、以前由紀香が見せてくれた調理器具に良く似ていた。クッキーなんかに使うんだろう。それこそ彼女の弟達が喜びそうな、星やハート型の型抜きまである。

「……お菓子、好きなの?」
 異文化コミュニケーションを試みる。

「……いえ。あまり」
 漸く息が整ったのか、小さいながらも答えが返る。今更だけど、日本語が流暢なのはありがたかった。自分から関わった手前、手に負えないからと言って捨てても行けないし。
 意思疎通が出来ることは幸運だった。そう思いたい。

 思いきり良く羽ばたいた、あたしの財布の中身の為にも。

 ―――もう一度。
 今度は何とか立ち上がり、あたしに向かって首を垂れる。

「―――蒔寺様。重ね重ね、感謝致します」
「良いってば。困ったときはお互い様」

 まあ、どうせあぶく銭だし。次の機会に、またふんだくってやろう。
 土下座せんばかりに身を沈める彼女を、慌てて立ち上がらせる。ふらつく身体をベンチに戻し、座らせて。

「……にしても、災難だったよね。セラさん、だっけ?」

 想像する。慣れぬ―――かどうか、知らないけど―――異国で、しかも何やら沢山ものを注文した挙句に財布を落とすなんて。あたしだったら、泣いてたかも知れない。
 その境遇に比べたら。財布を捜して警察に届け出て、代金を肩代わりして荷物を運んでやるくらいはどうってことはない。
 ……そう、自分に言い聞かせて。
「お金はある時に返してくれれば良いよ。うん。全然困らない、困らない」
 見栄を張る。
「いえ。明日、すぐに御返しに参ります。宜しければ、ご住所をお教え頂きたく―――」
 畏まる声に、戸惑いながら答えを返す。良く見れば。彼女の着ているメイド服―――って言うんだろうか?簡素なドレスにも見えるそれは、華美ではないが上質の造りで編まれていた。
 ……喋り方とか、物腰にもなんか気品があるし。
 まさかとは思うけど、何処かのお姫様だったりするんだろうか。
 どちらにしても、あまり周りには居ないタイプである。
 ―――お屋敷の令嬢なら一人、知り合いがいるけれど。

「月とスッポン、だね」
「はい?」

 返す彼女に、笑って手を振る。比べることが失礼だ。あいつじゃなくて、セラさんに。
 ―――しかし、それにしたって、
「あのさ。余計なお世話かもしれないけど」
 これは幾らなんでも。
「一度に買い過ぎだと思う」
 あたしと彼女の間、優に二人分の空間を占める荷物の山を、ひょいと指差す。二人で気張って運んで来たほど多くの品々。そのどれもが調理器具やその材料らしく、ある物は嵩張りまたある物はやたらに重い。これをあたしが手伝わなければ、

「一人で運ぶつもりだったんでしょ?」
「……その。つい」

 万全を期そうと思ったのです、などと俯いて呟くセラさん。
 妙に世慣れていない様子が、怜悧な外見とそぐわなくて逆に微笑ましい。……多分、まだこの国に来て日が浅いのだろう。
 うん。
 大和撫子の端くれとしては、なるだけ力になってあげたい。
 ……と言っても。あたしに出来る様な事は、荷物運びを手伝うくらい―――

「……あ」

 考えて。ふと思いつき、傍らの紙袋を漁る。セラさんの荷物ではない、あたしが持ってた紙袋。
 荷物の重さに失念してはいたけれど。懐の内、熱いぐらいにその存在を主張していた、未だほのかに温かい。
 袋に泳ぐ群れの中から、特に大物を釣り上げる。

「良かったら、どーぞ」
「え」

 目を丸くして、それを見る。……ああ、外人さんは普通知らないか。

「たい焼きって言うの。疲れ、取れるよー」
「―――鯛。これは魚ですか」

 おずおずと受け取り、その『皮膚』を撫で擦りながら、セラさん。甘いものは苦手だとか言ってたけど。
「ま、一口食べてみて」
 自信が有る。甘党か否かなど関係なく、江戸前屋の味は万国共通だと。
 十年に及ぶ買い食い歴は伊達じゃない。
 おずおずと、躊躇いがちに上品そうに、小さな唇を鯛の口へと寄せる。
 少し噛み切り、咀嚼して。―――セラさんは、もう一度目を丸くした。

「……甘い、ですね」
「結構いけるでしょ」

 答えず、再度かぶり付き。
 味わう様に口を動かし、飲み込んで。唇に付いた餡子を舐め取った。

「―――ええ。美味しい、です」

 自分でも驚いた様に、一人ごちる様に。
 初めて微かに、彼女は笑みを外に洩らした。







「……甘いもの、嫌いって言ってたけど」
 指先に付いた餡子を舐め取る。あれから仲良く二匹づつ、袋の中身を片付けた。あたしに至っては都合四匹。思わず眠気に誘われながら、気付かれぬ様帯を緩める。
 自販機で調達してきた熱く渋い日本茶で、口の中を洗い流しながら。

「気に入ってもらえて、良かったな」

 にやにやと―――自覚はしてるが、抑えられなかった―――彼女を見やる。熱いお茶缶を握り締め、恥ずかしそうに俯く彼女。
 クール・ビューティーな外人さんが、三口で鯛焼きを片付ける姿と言うのも。中々見れない、観物だった。

「……その。美味しかったもので」
「うん。喜んでくれて、嬉しい」

 本心から答え。空になった紙袋を、くしゃくしゃと握り潰しながら。
 改めて、荷物の小山を見やる。
 ……やっぱり、一人じゃ無理だよなあ。これ運ぶの。

「家、どこ?明るい内にこれ、片付けちゃお」

 気を取り直し、彼女に告げる。
 暗くなったら面倒だし。特にここら辺は、以前から何かと物騒な事件が頻発していた。
 ぴたりとそれが治まったのは、まだ一月くらいの最近である。きっと彼女はそんなことは知りもしないんだろうし、ここは地元民が気を遣ってあげないと。
「え―――あ、いえ」
 慌てて、こちらに向き直り。

「先程、家の者に連絡致しましたので。ここで待っていれば―――」

 返る言葉に、拍子が抜ける。この重い荷物を、もう運ばなくても良いと言うのはありがたくはあったけど。
 ……どうせ手伝うなら、最後まで付き合っても良かったのに。
 と言うか、それくらいしないとお腹の中の魚達の分が相殺出来ない様な。
 まあ、それならせめて。

「―――じゃ、時間潰しの相手くらいはしよっかな」

「はい?」
「第一問!」
 身を乗り出して、仰け反る彼女に突き付ける。

「セラさん、何処出身?」
「え?え?」

 泡食うセラさんに、マイクに見立てた棒状の調味入れを差し出す。彼女、こちらから振らないと会話を弾ませるタイプじゃなさそうだし。
 それに。

「いや。外国の友達って、初めてだからさ。色々聞きたいなー、って」

 一旦マイクを引っ込め、告げる。いつもつるんでる二人に、猫被りやらブラウニーやら。蒔寺楓の周辺は、一介の学生としては結構バリエーションに富んだ面子が揃ってると思うけど。
「セラさんみたく、綺麗で大人な人って周りにゃ居ないからさ」
 だから色々聞いてみたい。何食べてればそんなに華奢な体付きになれるのか、とか。
 ……少なくともたい焼きじゃなさそうだな。
 ―――と。
 苦笑混じりに思う間に、妙な様子で俯くセラさんに、慌てて近寄る。
 変な物でも食べたかの様に、三度。彼女は目を丸くして、こちらを見つめてきた。

「……友達。……綺麗で、大人……」

 訥々と。
 呟く彼女の、目前で手を振り揺らす。
「あの。どうしたの、セラさん」
「あ。―――いえ。何でもありません」
 何故だか妙に姿勢を正し、畏まる。それを訝しく思いながらも、再びマイクを付きつけた。
「そお?……んじゃ、教えてよ。色々と」
「はい。―――そうですね。私が生まれたのは―――」





 ―――ドイツの一地方。年中雪で覆われる極寒の地で生まれ、幼い時から彼女は主に仕えた。
 両親は居ない。詳しく聞くなんて出来なかったけれど、そんな境遇の子はそこでは珍しくもなかった、と言う。


「あの頃からイリヤスフィール様はとても可憐でした。その肌は絹の様で、声は本当に鈴が鳴るかの様で―――」
 一人の妹と共に、雇い主―――『お館様』の一人娘と過ごす日々。

「……お館様は、多忙でしたので。僭越ながら、私達はその代わりと言っても良いくらいでした」
 やがて彼女達三人は海を渡り、あたし達の国へ。

「……思えば。それがそもそもの間違いだったのです。この様な国になど、訪れなければ」
 そして少女は、『そいつ』に出会う。

「―――失礼しました。ともかく、その男がイリヤ様を誑かした為に、私達は妙な境遇に」
 何やら一悶着の末、彼女達は『実家』から縁を切られ、路頭に迷い。

「そこに男が付け込んだのです」
 『誑かされた』少女は強く、『そいつ』との同居を主張して。
 居候の従者として、肩身が狭い彼女達は。

「憎きその男に菓子など作って差し上げる、その為に」
 少女の我侭と『そいつ』の為に、奔走しているのだと。

 ……長く続いた経緯の終わり、今へと至る話を聞き終え。
「苦労、してるんだね。セラさん」
 思わず本音が口を突く。見たとこ、あたしよりも少し上くらいの年なのに。
 こういう世界、ほんとにあるんだなあ。嘆息混じりに声にはしない呟きを落とす。

「……それにしても」

 聞いてただけで憤る。長い間。妹と共に、本当の娘の様に尽くし、接して来た少女。
 話に依れば彼女を騙し。セラさん達に苦行を強いる、その男。

「―――あたしが話、付けてあげようか?」

 握る拳を握り締め。
 強い視線を、彼女に投げる。……自慢じゃないが、あたしは結構喧嘩は強い。部活で鍛えた身体能力は伊達ではないし、それに何より。
「ロリコン野郎の一人や二人、敵じゃない」
 幼女に手を出す様な外道一匹、それ程強敵とも思えないし。
 それに、いざとなれば。冬木には自警団染みた存在も居るし、幸い穂群原の生徒であるあたしにはその伝手がある。あまり話した事はないけど、あの先生は有名だ。生徒が真面目に頼み込むなら―――どころか、事情を話したならば。
 頼まなくても、きっと助けに来てくれる。
「あ―――いえ」
 何故か慌てて、セラさん。暗く沈んだ半眼に、蒼い理性の光が戻る。

「私は―――イリヤスフィール様が、お幸せならば」

それで良いのです、と俯く。少女も、彼女の妹も。『そいつ』の事は嫌っていない。
「……彼も。イリヤスフィール様や、私達には良くして下さいますし……」
 呟く声は、本心に聞こえた。

 ―――あー。

 脳裏に彼女の姿が浮かぶ。話題に上がればこき下ろし、話題を出せば批判に悪口。その癖大層仲が良く、自分以外の人間からの、そいつに対する陰口には真正面から反論し―――
 否定をすればする程に。その本心が透かして見える、その態度。
 ……何となく、分ってしまった。 

「セラさんも、そいつのことが好きなんだ」

 素直な感想を洩らす。自慢じゃないが、この手の事にあたしは疎い。セラさんが、それ以上に分かり易いだけだ。


 妹と、娘の様な主を取られ。
 それでも嫌いになれないと、伏せた瞳が語ってる。


 盛大にお茶を噴き出して、咳き込む彼女の背を擦る。涙目でこちらを見やるその様相は、真白の頬に映える紅。
 ―――にんまりと。
 彼女を語る由紀香に、彼を語る遠坂にする様に。
 肘で小突いて、視線を覗く。

「乙女だねー、セラさん。うりうり」
「な……」

 憤然として、顔を起こす。慌てず騒がず、薄く微笑って細めた視線で彼女を見つめ。
 ―――もう一度。赤く没する彼女の頭に、そっと左の手を乗せた。
「間違ってたら御免ね。でもあたしにゃさ」
 彼女の傍ら、ベンチの背中に裏からもたれ。

「―――ドイツに居た頃の話より。今の話してるセラさんの方が、楽しそうに見えるよ?」

 感じたままに、言葉を告げる。
 イリヤという娘や、妹さんのことを話す時は僅かに和らいで見えるけど。こっちに来る前の話をするセラさんの瞳は、冷たく沈んだ硬い雪の色で。
「今は赤くなったり、青くなったり。色々我慢も、苦労もしてるんだろうけどさ」
 それはそれで、楽しそうに見えたのだと。

「―――か」

 告げた言葉に、答えが返る。面を上げて、口元に手を遣り。至極真面目な表情で、

「そう、見えますか」
「うん」

 もう一度。
 呟く言葉に、即座に応える。故郷を思って呟くよりも、『家』を想って憤る姿の方が絶対に。

「何て言うかな。……『幸せそう』?」

 視線を逸らし。乏しい語彙から、受けた印象に近い答えを拾い上げる。
 ……失礼だったろうか?子供の癖に、大人の彼女を印象だけで評価するなんて。
 ただ、『そう見えた』と。それだけの理由で。

「あー。……御免、セラさん。生意気言っちゃって」

 頭を掻いて。視線は戻さないままに、彼女に謝罪する。……調子に乗り易いのは自分の悪い癖だって、氷室に言われたばっかりなのに。
 上げた視線を、地面に落とす。
 ……落とした視線のその先に、ふわりと広がる白い華。

「セラ」

 何時の間にか。

「……リーゼリット」

 目前に立つ、一人の女性に呼吸が止まる。
白黒二色の簡素なドレス。殆どセラさんそっくりだけど、こちらの彼女はやや眼が大きい。その為にセラさんよりも心なしか幼く見える。
 ……胸元には言及しない。あれは目の錯覚だ。

「えっと。……妹、さん?」

 セラさんに視線を投げて、確認を取る。まあ、こんな恰好の美人がそうは居る訳もないんだけど。
 聞くまでもない問いに、見るまでもない頷きが返る。彼女も結構驚いたのか、やや後退っているのが見て取れた。
 ……真昼の公園。ベンチには山積みの荷物。
 そこで美人メイドに挟まれる、和服姿の女の子。
 我ながら、シュールな光景だ。
「セラ」
 再び、彼女がセラさんを呼ぶ。―――リーゼリットさん、って言ったっけ。
 彼女はどこか険を含んだ視線で、

「イリヤが待ってる。早く行こう」

 セラさんと、あたしとを一瞥し。
 二人で何とか運んだ荷物。その大半を、軽々と持ち上げる。

「リーゼリット……大丈夫ですか?」
「……へいき」

 答えに反し、腕と脚とが震えてる。
 セラさんも気付いたのか、慌てて駆け寄り荷物を奪う。
 ―――と。
「蒔寺様」
 こちらを振り向き、深々と。

「本当に、感謝致します。―――有難うございました」

 頭を下げる彼女の姿に、
「良いってば。大したことした訳じゃなし」
 苦笑を浮かべ、掌を振る。実際、ここまで感謝されることでは。
「―――いえ」
 小さく、かぶりを振って。

「有難う、ございます。言われなければ、きっと気付かなかった」
 ―――満面に。
 浮かべたそれは、それこそあたしが男だったら一発ものの、笑みだった。

「……今度、うちに来る時はさ」
 頬の火照りを降り切る様に、こちらも笑って言い返す。
 生真面目なセラさんのことだ。遠からず、それこそ明日にでも。貸したお金と菓子折りでも持って、あたしの家に来るんだろう。
 ―――恭しく、お辞儀するかの様に。
 裾を摘まんで、彼女に示す。
「昔着てた奴、あげるから」
 お姫様に着せてやってよ、と。
 何しろこの二人が仕え慕う女の子だ。
 それはもう。天使みたいに綺麗な少女に、決まってる。

「きっと、似合うよ」

 セラさんは。驚いた様に、両の瞳を見開いて。
「―――はい。……有難うございます」
 三度呟き、頭を下げた。
「また、いずれ。近い内に」
 ひらひらと、右手の平を漂わせ。
 昔やってたテレビゲーム。そんな代物を連想させる、シルエットが僅かに異なるだけの左右に並んだ後ろ姿を、遠くなるまで見送った。











 ……暫く、ぼおっと立ち尽くし。

「何を呆けている。蒔」

 怪訝な声に、我に返った。振り向くベンチに、見知った奴が座ってる。
 薄茶の見慣れた袋を抱えた、見慣れた姿。

「……氷室。あんたいつから居た」
「つい先刻だ。見慣れた奴が見慣れぬ格好で呆けていたんでな」

 思わずつぶさに観察してしまった、と真顔で答える彼女を見やる。
 ……あたしが言えた義理でもないけど、こいつも大概暇だよな。

「そら。見物料だ」

 放る袋を受け止める。中には薄いビニールに包まれた、円盤型の柔らかな物体の山。
 言葉に甘えて一つ取り出し、無言のままに隣に座る。―――たい焼きでなくて良かった。
 いくら美味とは言えど、流石に一日五個は辛い。音に聞こえた穂群の黒豹とは言えど、体重計に抗う術は持ち合わせていないのである。
 ……それにどちらにしても敵に回すなら、心行くまで舌は満足させたいし。
 奢り主に倣い、どら焼きに貼り付いたビニールを剥がし。
 一口齧る。
「……うあ」
 呻きが漏れた。
「どうした?蒔の字」

「……なんで苦い」

 普通、どら焼きってのは中も外も甘いものだと思う。
 味噌一色の断面から、挽き肉と葱が覗いていると言うのは。
 本日二度目。
「シュールな光景だ……」
 味もシュールだった。
「私は甘いものは好かん」
 眉一つ動かさないままに、黙々と片付ける。
「蒔も知ってるだろうに」
「……忘れてた」
 手に持った、どら焼きもどきと睨み合う。……それにしても、江戸前屋。甘味屋の癖に斬新過ぎる新製品だ。ご丁寧に生地まで別に作っているらしく、関西の人ならこれでご飯が食べられるんじゃなかろうかと言うくらいにおかずチック。決して不味くはないのだけれど、なまじ形状がどら焼きに似てる所為で、どうしようもない違和感が口一杯に花開く。

「苦さも過ぎれば甘くなる、だそうだ」

 二個目を取り出しながら、氷室。
「試作品と言うことで、主から頂いた。個人的には気に入ってるんだが。多分、出ても程なく消えるだろうな」
 ……道理で沢山あると思った。後悔しない様、今の内に食べておこうとしたな、こいつ。
 それにしてもあそこの店主さんは、女の子に甘いと言うか何と言うか。

「あたしを巻き込むな」
「……悪くないと思うんだがな」

 眉根を寄せて、真剣な顔で呟く。
 反論する気力を無くし、黙々とそれを齧った。
 ―――その間、ふと。

「……なー氷室」
「ん?」

 浮かんだ思い付きを、深い考えもなく舌に乗せる。
「妹とか、姉とかさ」
 今まで、考えたこともなかったけれど。


「―――兄弟姉妹ってさ。欲しいと思ったことあるか?」


「ふむ」
 早々と三個目を片付け、腕を組み。
「弟ならば今でも欲しいな。切実に」
「弟。何で」
 袋を漁り、新たな敵に取り掛かる。手馴れた様子でビニールを剥き、口へと運ぶ。
 咀嚼。嚥下。咀嚼。嚥下。咀嚼。嚥下。
 袋を漁る。
「いや、答えろよ」
「秘密だ」
 何するつもりだ氷室鐘。
 ……うーん。我が親友ながら、底の知れない奴。
「何だと言うのだ。藪から棒に」
「ん、別に大した意味はないんだけどさ」
 ふと、思ったのだ。さっきまで居た、彼女のことを。
 会話らしい会話もしなかったけど。―――ちょっと、あの妹さんを羨ましく思ったりして。


「……あたしにお姉さんが居たら、それはそれで面白かったかもなー、とか」


 そう、思っただけの話。
 苦笑を浮かべ、最後の欠片を口の中へと放り込む。

 ―――苦みばしったその味は。言われて見れば、ほのかに微かに、甘い様にも感じられた。



「……私はお断りだからな」
「何が」















「はいシロウ。あーん」
 背後で聞こえる睦声に、敢えて視線は振り向かず。
 ボウルに取った、クリーム色の生地の中。日向の色のシロップを、混ぜ込みながら落とし込む。

「美味しいじゃない。流石セラね」
「美味しいですね。流石セラさん」
「美味しいねー。流石セラさん」

 聞くだに和やかな会話の最中、滲む殺気が余計に目立つ。埃が飛んで来ない様、そっと襖を閉め切った。

『……わたしの手作りだって言ってるでしょーがぁ!』
『イリヤ。九割方人任せの物に、手作りの名は冠せられないわ』
『イリヤちゃん。他人の力を実力みたいに自慢してると、いつか酷い目に遭うんだよ?』
『イリヤちゃん。教育者の端くれとして、不正行為は見逃せないの』

 手早く生地を撹拌する。
 背後の居間、五人が一見和やかに過ごす部屋の空気が撹拌される。

 ……それにしても。障子を越えぬ様、小さく嘆息する。イリヤスフィール様があんなに気が短いとは、今まで気が付かなかった。
 料理に関しては一通り、無難にこなせる様なのに。失礼ながら見かけに拠らず、細かい作業がお嫌いなのか。

 ―――単に。食べさせるその瞬間が待ち切れず、気が逸っていたのかもしれないけれど。

 台所の片隅、心なしか膨れ上がったバケツを見遣る。苦甘い炭で一杯になった中身は早く、なるだけ家人に気付かれぬ様始末しないと。遠坂凛などにとってすれば、格好のからかいの種だろうから。
 ―――雫を落とす様に。
 熱く焼けた鉄の上に、生地を落とす。黒一色の鉄の板をクリーム色の水玉模様で彩り終えて、静かにオーブンの中へと差し入れた。

 息を吐く。

 後は衛宮士郎に頼んで、なるだけ見栄えの良い紙箱を用意して。後はクッキングペーパーと包装紙、リボンで飾って持っていく。
 ―――思い出す。少女が着ていた若草色の、華美ではないが可憐なドレス。一枚布を巻き付ける様にして纏う、この国独特の『キモノ』とか言う。
 想像する。蒔寺様とはまるで違うのだろうけど。
 イリヤスフィール様にもあのドレスは、さぞかし綺麗に映えるだろう、と。

「……蒔寺、様」

 その名を口の端に乗せる。昼間の公園。鮮やかな甘味、交わした会話。残滓が残る唇に、微かに指を触れさせる。
 初めて出会ったタイプの少女。私達とは違う、徹頭徹尾向こう側の世界の住人。不躾だけど人が良く、見返りもなしに私の身の上を案じてくれた。

 ……楽しそうだと。幸せそうだと、今の私を評してくれた。
 私には何より大事な家族は居る。仕えるべき少女、手の掛かる妹。
 それでも初めて、彼女は私を『友達』だと呼んでくれた。

 ……喜んで、くれるだろうか。

 鯛焼き、と言ったか。あれは美味しかった。皮のほのかな甘味と、中の豆餡の力強い甘味。
 イリヤスフィール様の為に買ってきた甘味料、その余りを使って作ってみたクッキーは、我ながら良い色合いに焼けたと思う。菓子の類が好きならば、きっと喜んでくれるだろう。

 ―――気付いて、もらえるだろうか。ささやかな偶然、気紛れな趣向。
 ぼんやり輝くオーブンの内、静かに焼かれるクッキーの。
 その、生地に落とし込んだ。彼女の名前を冠したシロップの甘さに。

 ……苦笑が漏れる。イリヤスフィール様程では無いにしろ。
 私も。随分と、無駄と言うか。『人間』くさいことをする様になった、と。

「―――ふふ」

 笑みを零して。念の為、幾度かに分けて余分に作っておいたクッキーの山。それが盛られた笊の方へと、視線も向けずに手を伸ばす。
 ……行儀も悪く伸びた指先は、空しく笊を引っ掻いた。
 さくさくさくさく。さくさくさくさく。さくさくさくさく。
 物凄い勢いで、硬い何かを削る音。
 ……振り向いて。
 無言で頭を引っぱたく。

「セラ。痛い」
「……何をやっているんですか。リーゼリット」

 口の端には欠片を付けたそのままに、抗議して来る『妹』を睨み付ける。
 リスか何かの様にして。両頬を膨らませているその様は、はっきり言って見苦しい。
 嚥下して。
 再び伸びる指先を、再び頭を叩いて止める。

「セラ。痛い」
「だから何をやっているんです」
「味見」

 抜け抜けと断言する。……気力を削がれ、頭を抱えた。
「良いから、向こうへ行ってなさい。クッキーだったら居間にもあります」
 念の為とはいえ、大分多目に作っておいて助かった。これ以上食べられる前に、この子を追い出してしまわないと。
 拍子抜けな程、あっさりと。リーゼリットは席を立つ。
 襖を開けて。―――何故か、最近のこの子には珍しい程の無表情で、こちらを見遣り。
「……そのクッキー」
 ほのかに輝くオーブンに、指先を向けて。

「さっきの子への、贈り物?」

「……ええ、そうですけど」
 戸惑いながらも、素直に答える。……道中、蒔寺様に何かお返しすることは伝えておいた筈なのに。
 なんで今更、そんなことを確認するのだろう。
「……そう」
 呟いて。
 何故か肩を落とし、居間へと消える。その後ろ姿を見送って。
 笊の方へと手を伸ばす。網目に引っ掛かっていた、小さな欠片の生き残り。それを抓んで、視線を反す。
 開け放たれた襖から、明るい居間の風景が覗いている。



「美味しいでしょ?もっと食べなさい、シロウ」
 少年の背後からおぶさり、自信に溢れて言い放つ『娘』。
「……イリヤ。行儀悪い」
 自分のことを棚に上げ、凪の呟きを投げる『妹』。
「?どうしたの、桜。もっと食べなさいよ」
「あ―――いえ、わたしは、その……夜にお菓子は、ちょっと」
「はやく食べないとひゃくひゃっちゃうよー」
 食卓を囲む。湯呑みを手にし、視線を落とし、口一杯に菓子を頬張る『家族達』。
 彼に目を遣る。少女を背負い、クッキー片手に穏やかに笑う赤毛の少年。
 ―――向かう視線に勘付いたのか、彼との視線が交差する。
 苦笑し、僅かに頭を下げる。困った様な嬉しい様な、そんな苦甘いその笑みで。

 
 ありがとうございます、と。


 口許だけの礼の言葉に、初めて見せる笑顔を返す。





 ―――はい、蒔寺様。
 欠片を口に放り込み。
 昼間の少女に、答えを返す。
 貴女が私に見たものは、恐らくきっと正解だ。
 
 

 私は多分、毎日が楽しくて。
 とても、幸せなのでしょう―――

 

 舌に広がるその味は、苦いくらいに甘かった。
























 ―――しかし、その翌日。

「イリヤ。セラが浮気してる」
 これまで始終べったりだった妹と。

「―――セラ。あなたにはわたしの命令よりも、その娘に会う方が大事って訳?」
 どうと言うこともない朝の頼みを断られ、二重に拗ねる愛娘の。

「い、いや!浮気なんて、あたしはそんな」
 抱えた嫉妬が恩人の様子を見て膨れ上がった末に。
 
 苦く、甘い。
 衛宮の家の、彼を取り巻く日常の。
 甘くない方の味を、身を以て体感する事になろうとは。
 夢にも思って、いなかった。



「誤解です、二人とも―――!」


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2005/12/04 : TYPE-MOON SS : 6Trackback 0

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うづきじん 北国を発祥とし、関東周辺に生息。
息をするのもめんどくさい。
好物は種もみ。
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