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うづきじんのBLOG うのはなことのは

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りずせら

 Fateエンド後日談。
 メイド二人の冒険譚。このタイトルが使いたかった。
















 聞いた話では、人間にとって最大の苦痛とは『退屈』であると云う。
 何でも痛みや悲しみに慣れる事はあっても、退屈に慣れる様には人間は出来ていない、とか。
 人ならざる身の自分までもが、その公式の内に在るとは今まで思ってみなかったけど。

「…………うん」

 わたしの出自がなんであれ。限られた時を無為に過ごす事は、避けるべきだと思えるのだ。
 あれから一月。主の居ないこの場所で、主と離れ過ごした時間こそがわたしを人へと近づけたのか。
 ―――廊下を進む。広く長い、通る者など殆ど居ない、その廊下。
 塵芥の一つも無く、丹念に手入れされたそれは、確かにわたしよりは有意義な時間が使われた証なのだろうけど。
 それでも。結局は、無為であるには違いない。
 扉を拳で三回叩く。
 きっともう、ここの主は帰って来ないのだから。
 それならば。

「わたし達が向こうに行こう」
「……いきなり何を言い出すの、リーゼリット」

 部屋の中、ソファーにもたれて呆れた様に。
 わたしの家族。セラは、眉を顰めて呟いた。









 『りずせら』








「そんな事は出来ません。主の帰りを待つのが私たちの務めです」
「帰って来ない事が分かっているのに待つのは、怠慢と変わらないと思う」

 この万事につけて頑なで生真面目な友人が、二つ返事で応と言うなどとは初めから思っていない。

「何故帰ってこないと決め付けるのです」
「帰って来ると決め付けるのもおかしい」

 それに、わたし独りで出て行こうなどとも初めから思っていない。

「それに私たちは人間じゃない。軽々しく人の街に降りて行って、もし何かあったら」
「……イリヤにせがまれて、ケーキ買わせに行かせた癖に」

 それでは、この城にセラ一人を残す事になる。

「人は怖い生き物です。そうでない私達は、きっと阻害される」
「尚更。そんな所に、イリヤを独りにしておけない」

 イリヤと同じ。たった三人の家族を、これ以上散り散りにしたくは無いから。

 ―――長くも無い問答が途切れる。吐息する顔に力が無いのは、きっとセラも自信が無いからだろう。
 イリヤが。この館の主が、ここへと帰って来るのかどうか。

 わたしもセラも、『生ける聖杯』として作られたイリヤの失敗作。彼女の姉、世話役と言えば聞こえは良いが、実の所はそれが態の良い廃品活用に過ぎないという事は、わたし達自身思い知っている。
 アインツベルンの本家も、バーサーカー・ヘラクレスが敗れたと報告してからは一度たりとも連絡を寄越さない。『完成品』であるイリヤにしてからそうなのだ。ましてやわたし達など、遠い異国で勝手に朽ち果てよと言う事なのだろう。
 ……本音を言えば、わたしは嬉しかったのだけど。聖杯戦争に敗れはしたものの、イリヤは生き残った。彼女に苦痛と勝利を強いる、本家の声も最早無い。
 この深い森、誰も訪れない静かな城の中で。ゆっくり仲良く朽ち果てていくのも、それはそれで悪くは無いと。
 ―――そう。思っていたのだけど。



「……イリヤスフィール様は」
 俯いたまま、暗い声で。
「帰る家を、見つけられたのでしょうか」
 ―――ここでは無い、私達では無い、帰る場所と、家族を。
「そういうとこ、セラの悪いとこだと思う」
 陰々と呟くセラを、両断する。
「自分から穴に落ちないで。引っ張り出すのが面倒」
 わたしよりも稼働時間―――つまりはイリヤと接する時間が長かった所為か、セラは彼女に依存する割合が大きい。
 多分。殊更に動こうとしないのも、イリヤに会って拒絶される事を人一倍恐れているから、なのだろう。
 だからと言って、この場所に固執するのもどうかと思う。
 ただでさえ最近、城中が綺麗過ぎて落ち着かない。時間を持て余すのは分かるけれど、最近は偏執狂染みている。
 床中に敷き詰められた埃一つ落ちていない毛長の絨毯というのは、そうなる過程を想像するに寒気がすると思うのだ。夜とか特に。

「……リーゼリット。では貴女は、ここを出て行くというのですか」

 わたしの言葉に突っ伏していたセラが、顔を上げる。

「わたし達が。セラも行くの」

 訂正する。こんな所に、イリヤもわたしも居ない所に一人で残してなど行けない。
 わたしがそう思っているのを承知の上でこういう事を言うのが、セラの甘えだと知っている。
 結局の所、セラもイリヤの姉妹なのだ。素直じゃない癖、流され易い。
「―――でも。いきなり、人間の街へなんか」
 渋る本音は、単なる不安の発露。
 だから、わたしのやるべき事は。

「大丈夫。まずはこれで様子を見てみるから」

 その方向に向けて、少しだけ水を流すこと―――。









 失敗作とは言え、わたし達は聖杯を模して作られたホムンクルス。この身体に流れる魔力回路は並みの魔術師を遥かに凌ぎ、生まれながらに幾つかの魔術を操る事すら出来る。
 その内の一つが、遠見の魔術と云われるもの。自分の意識を他の物質に擬似的に移し、それが見る映像を視覚へと運ぶ。
 イリヤなら、触媒も無しに他人の意識を『飛ばす』事すら出来るけど。
「はい、セラ」
 それを懐から出し、セラへと手渡す。わたし達では無からそれを行使する事は出来ない。何かの役に立てばと、アインツベルンの本家から持ってきた、それ。

「……金?」

 一握り程度の、節々が欠けた棒状の純金。これを触媒として、冬木の街を見届ける。
「元の破片を烏とか猫に括り付けておいた。多分、イリヤの居る街の中なら、殆ど見れると思う」
 イリヤの役に立てばと思って拵えた仕掛けを、当のイリヤの監視の為に使う羽目になるとは思っても見なかったけど。
 セラは、訝しげにそれを見やっている。光に透かす様にそれを摘み見て、

「何処から持って来たんです。こんな物」
「本家。倉庫に転がってたから、少し削って持って来た」
「転がってた?純金が、ですか」
「うん。沢山」

 もう一度。顔を近付け、凝視する。ゆっくりと触れ、擦り、撫で。
「……本物ですね」
 だからそう言ってるのに。
「なんでこんな物が、倉庫なんかにあったんでしょう」
「邪魔だったんじゃない。あの人、大きかったから」
 ぴたり、とセラの指が停まる。「……人?」
「うん。わたしがイリヤのお付になってからすぐの頃、本家に泥棒が入ったでしょう」
 勿論成功する事は無かったのだけど。それでももの知らずな盗賊如きに侵入を許したのは、本家にとっては恥だったらしい。
 その御蔭で倉庫に打ち捨てられた、その黄金の人形を利用する事が出来たのだけれど。
「この間まであれは手元にあったけど。流石に現地調達する訳にもいかないし」
 聖杯戦争の半ば、本家へと送り返したアインツベルン秘奥の魔術兵装、『天のドレス』。それは触れた人間を金へと変える、一種呪い染みた代物でもある。
 迂闊な盗賊に対しては、それ自体が罠となる。
「……なんてものを持って来るんですか貴女は!」
 額が痛い。無言で屈み、投げつけられたそれを拾う。
 棒状の純金。かつての盗賊の成れの果て、その十指の内の一本。
「……これは魔術で練成された純金。触媒としては最高」
「だからって―――」

「セラ。イリヤの為」
 まほうの呪文を唱える。

「……分かりました」
 渋々、恐々と。その一端を摘み持つ。
 わたしも同じ様に、反対側の端を握り締めた。

「―――多分。イリヤはアーチャーかセイバーのマスターの所に居ると思う」

 一月の以前、聖杯戦争の最中。この森の中、このマスター達は協力してバーサーカーを破り、イリヤを保護した。その後にランサーのマスターや、前回からの残留サーヴァント等が絡んできたせいで、正確な位置は見失ってしまったけれど。

「イリヤの思念は乱れていないし、冬木の街から強い魔力を感じる」

 魔術師としてはともかく、内外共に幼い―――わたし達も、中身に関しては人の事を言えないが―――イリヤが、館にも帰らず単独で生活しているとは考え難い。
 敵対していたマスターを、殺さず連れ帰る様なマスター達だ。恐らく聖杯戦争が終結して後も、何れかがイリヤを保護していると見て間違いは無いだろう。
「その辺りから調べてみる」
 良い?と視線で問い掛ける。
「……ええ。貴女に任せます」
 どこか不安げな答えが返る。
 ―――そう言えば。
 セラって、この国に来た時以来。外に出た事が無かったのでは。
 ……輝く欠片を、握る指先。小さく震える真白のそれを、上から強く握り締める。

「っ―――リーゼ……」
「離れないで」

 同調させる意識。それが乱れると、視覚の方がこちらに戻ってきてしまう。
 そもそもセラを納得させる為の偵察なのだから。わたしだけがイリヤを見つけても、意味が無い。
 ……そう思ったのだけど。

「セラ。顔が赤い」
「……余計なお世話です。リーゼリット」

 ―――怪訝の視線を下ろし。気を取り直し、瞳を閉じて。
 館の外、森の外。
 空へ大地へ、意識を放つ―――











「……見えませんよ」
「見えないね」

 遠見に物理的な距離はあまり関係無い。馴染みの深い場所や触媒、魔術道具を介すれば、殆ど時を経ずその場を観れる。
 聖杯戦争に際して、それぞれのマスターの住処くらいは調べてある。問題はその近辺に仕掛けた鳥や猫達が居ない事だったが、これも簡単な魔術操作で操れた。
「何か手は無いのですか?これでは遊覧飛行と変わらない」
 苛立だし気に呟くセラ―――その、意識――――に、
「……烏だから、鳥目。仕方無い」
 適当な答えを返し、あしらっておく。
 あの森の奥、あの城の内に居ると時間の感覚がぼやけてくる。外に出てから始めて気付いたのだけど。

 眼下を流れていく黒い海。灯る光は、空の恒星を思わせる。
 夜の帳が降りた街。

「くだらないことを……何か、手は無いのですか?」
「……セラって結構、我儘」
 宿主のみならず、わたし達にも闇を見通す力は無い。上空から大体の当たりを付けて、何とか観察対象の近くに移動する。
「イリヤが部屋の中に居れば、電気が点いてるかも。駄目でも、声なら聞こえるし」
 偶然に頼るというのは、無様な事ではあったけど。
 仕方無い。わたし達はアインツベルンのメイドであって、斥候ではないのだから。

「それでは単なる覗きでは無いですか。イリヤスフィール様と話せない」
「自覚して」

 速度を落とし、烏を降ろす。薄く広がる町並みは、なだらかに起伏する墓石の様にも見えた。
「―――あ」
 不吉な思いを掃う間もなく、見覚えの有る建物が視界に入る。この国古来の木造物よりは馴染みの深い、薄紅色の大きな洋館。
 かつての盟友、トオサカの末裔の住む館。かつてアーチャーのマスターであった、あの少女が暮らす場所。

「……行き過ぎた」

 内心、小さく臍を噛む。わたし達の住む城からは、この館よりもセイバーのマスターの住居の方が近い筈だった。
 それが然程目を惹く住居では無い事、加えて夜の闇のせいで見逃してしまったのだろう。
「……まあ良い。順番が変わるだけ」
 どの道、セイバーのマスターの所でイリヤが見つからなければここに来る予定だった。帰りを考えれば、先にこちらを調べておくのも悪くは無い。
「リーゼリット、あそこの部屋です」
 セラの言葉に、『眼』を向ける。黒く闇に染まる窓々の中、ぽつんと輝く明かりが漏れる白い窓。
 ここからでは中の様子は窺えないが、どうあれ調べる価値は有る。
「セラ。近付く」
「分かっています」
 『声』を殺して。滑る様に、その光へと近付く。
 ―――程なくして。

「……居ませんね」
「居ないね」

 見渡した部屋。その内には、人の姿は見当たらなかった。
 それなりに広い部屋である。やや乱雑に片付けられた、机と寝台が置かれた個室。その部屋からはこの場所が、今も確かに使われていると主張するかの様に、灯りが幽かに瞬いている。
 寝台の上には布団と、枕と―――何やら大きな人形の様な物が見える。丁度人間の子供位の大きさの、ディフォルメされた人型の綿塊。僅かに汚れ、輪郭が歪んだ様から見るに抱き枕の類だろうか。
「もう行きましょう、リーズリット。イリヤスフィール様はいらっしゃらない様ですし」
「セラ、せっかち。もうちょっと待って」
 ゆっくり、小さく旋回しながら窓の向こうの風景を見る。あの人形……ぬいぐるみ?
 あれはアーチャーのマスターの持ち物としてはそぐわない。イリヤの為に用意された遊び道具という可能性もある。
 既に明かりが灯されているのだ。セイバーのマスターを当たるのは、この部屋に戻ってくる人間を確認してからでも遅くは無いだろう。
 赤い頭の人形と、見つめ合いながらそれを待つ。
 ―――予想通り。大して待たぬ間に、扉が開いて。

「遠坂凛。ここの主ですね」

 セラが呟く。硝子窓を隔てた向こうに、見覚えのある姿。二つに分けられた長い髪と、蒼い双眸の魔術師の姿がそこに在った。
 少女は何が楽しいのか、以前の姿は見る影もなく満面の笑顔。零れそうなほどに口元を綻ばせ、こちらへと近付いて来る。
 もどかしげに纏っていた赤い外套を脱ぎ捨て、気を取り直す為だろうか、大きく息を吐き。

「―――ただいま。士郎」
 
 おもむろに寝台の上。鎮座ましたぬいぐるみを強く抱き締め、呟いた。
 ……どうやら、あれはアーチャーのマスターの私物だったらしい。
「ここじゃないみたい。行こう、セラ」
「だから、そう言ったではないですか」
 愚痴りながらも。翼をはためかせその場を後に、

「―――誰っ!?」

 気付かれた―――と判ずる間もなく、背後で硝子の割れる音。慌てて振り向くその前に。
 黒い視界が、昏く彩られ。
 一迫置いて、チャンネルを切られたかの様に。

 背中を掠めたらしい熱が、『ワタシ』の意識を闇へと落とした。









「……油断した」

 痛む頭を、擦りつつ。
「大丈夫?セラ」
 床に伸び、悶絶の唸りを上げるセラに問う。
 わたしよりも感覚が鋭い事が災いしたのか、セラにとっては先刻の衝撃は頭痛程度では済まなかったらしい。
 魔術師の使う呪い、ガンドの事は知ってはいたけど。
 即興の『弾』が掠った程度で、ここまでダメージを受けるとは思ってなかった。伊達にサーヴァントを従えてはいなかった、という事なのだろう。
「……し、心配要りません……」
 それでも何とか立ち上がる。崩れかかる細い身体を、抱き留め支え。
「セラ。無理はしないで。明日また試してみよう」
 どう考えても、調査をするなら夜よりも昼の方が向いている。別に、一刻を要する事態という訳でも無いのだし。
「今日は休んで。今、何か飲む物持って来る」
 ソファーへとその身を横たわらせて、扉に向かう。
「……リーゼリット」
 途端、強く握り締められた裾に足を取られ、歩みを止めた。

「セラ?」
「大丈夫です。……それよりも、イリヤスフィール様を」

 眉を顰めて。
 反論しかけて、諦める。―――駄目だ。 
 一度思い込むと、セラは始末に負えない。きっと今、頭の中は『酷い目に遭っているイリヤ』の姿で一杯なのだろう。

 ……それは、本家に居る間。幾度と無く、わたしよりも多く。長い時間、そんな彼女を見続けてきた、そのせいなのだろうけれど。

 ―――全く。
「……具合が悪いと思ったら、すぐに止める」
 大きく吐息。
 我ながららしくない。こんな人間らしい動作。
「だからセラも。無理そうだと思ったら、すぐに言って」
 それでも仕方無い。こんな、度し難い行為。
 そんな不器用な愛情表現しか選べない彼女の事が、わたしは好きなのだから。
 暫しの間。
 その後に。わたしの言葉に、小さく一つ頷いて。

「……はい。有難う、リーゼリット」

 本当に珍しい表情。
 口の端を小さく吊り上げるだけの、微かな笑みで彼女は応えた。

「―――ところで、セラ。早く手を離して欲しい」
 スカートがずり落ちる。











 ……深さを増した夜闇の最中、よたつきながらも過程をなぞる。
 新たに調達した烏、そこから覗く冬樹の街は既に黒一色に塗り潰されている。それでも今回はトオサカの館の場所が掴めている所為で、本来の目標、その座標を発見するのにそう時間は掛からなかった。
 トオサカのそれとは違う。背が低い、地に伏した様な木と紙の家。
 この国独特の建築様式。開いた庭と通路とが殆ど一体化した作りのお陰で、監視するのは難しくない。
 滑る様に、烏を降ろし。

「セラ。移る」

 軒先の猫。仕掛けておいたその『端末』に、セラを引き摺り乗り込んだ。
 『隣』の彼女が慌てる気配が、直に意識に伝わり、響く。
「……リーゼリット。そういう時は、もっと早くに教えて下さい」
 酩酊感の滲む声。
「次からそうする」
 次の機会なんて、無ければその方が良いのだろうけど。
 庭を渡り。それに面する硝子窓を一つ一つ確かめて回る。
 この、小柄な猫の力では割る事は難しい。鍵が開いているのなら、それに越した事は無い。

 ―――二十分程掛けて。
 家主の防犯意識が低く無い事を確認した。

「どうするのです、リーゼリット」
「……わたしのせい?」
 段々調子が戻ってきたセラに答えながら。
 ―――熟考の末。
 小さく、柔らかい体。その利点を活かす事に決めた。







『……う~ん』
『……運動の後のごはんは、さいこー……』
『……もう、お腹一杯だよ~……』
『……はっ!いやいや』
『……士郎のごはんなら~……まだまだ何杯でも~……』
『―――ぐー』

 頭を擦りながら、狭い通路を這い進んでいく。先刻から独り言とも唸り声とも取れる気配が頭の上で鳴っている。
 ……目論見は当たっていた様だけど、集中を途切れさせる事夥しい。出来る限り足―――と言うより、お腹?―――を速め、その場を離脱した。

「……何の因果でこんな真似を」
「セラが行きたいって言った」

 情けなさそうなセラの声に答えながら。
 埃っぽい床下。その隙間に半ば潜り込む様にして、這い回る。
 ……この邸宅には窓が少なく、潜り込める様な場所も見付からなかった。かと言って、わたし達はあくまでイリヤの様子を見る事が目的なのだから、強硬手段に及ぶ訳にもいかない。

 考えた結果、採った手段はこれだった。姿では無く、気配を辿って地下から攻める。

 これなら姿はともかく、声なら捉えられる。運が良ければ、家の中へと続く道も見つかるかも知れない。

 ずりずり。
 ずりずり。
 ずりずり。

 間の抜けた音を立てて、謎の気配から離れる。
 神経を集中させて。
 ―――建物の中の気配を探る。

「……大きいのが一つ。普通のが一つ。小さ目のが一つ」

 最初のは言うまでも無い。次が多分、セイバーのマスターだろう。最後のは―――
「……イリヤスフィール様、でしょうか」
「わからない」
 わたし達自身が行けば、確信出来たのだろうけど。今の状態では、断言するのは難しい。
 ―――と。

「……あれ?」

「リーゼリット?」
 わたしの声にセラが、訝しげな応えを返す。
 ―――それに応えず、耳を澄ました。


 ……『ぐーぐー』とんとん『タイガーって呼ぶなー』起きてる?『すぴーすぴー』リヤか。どうした?こんな時間に『がおーがおー』と、お話したくて『切嗣さん……』あ、お茶でも淹れ『しろうー』


「うるさい」
 思わず文句が口を突く。何なのこの寝相の悪さ。今、何か重大な手掛かりが聞こえた気がしたのに。

「……ごめんなさい」

「?どうしたの、セラ」
 珍しく萎れた声を出すセラに、問い掛ける。
 ―――と。


 ううん、お茶はいいわ。ここで少し、お話しましょう。


 騒音の合間を縫って。
 耳に届いたその声は、違え様も無い。わたし達の主人の、声だった。






 




『―――だから。理想は理想として、それとは別に。現実に伴侶がいても良いと思うの』

『は、伴侶って。イリヤ』
『わたし、別にセイバーのことは嫌いじゃないのよ。シロウが彼女を好きなのも分かるし、認めるわ』
『え、あ、うん』
『セイバーだって、自分を想ってシロウが一生を独りで生きる事なんて望んでない筈よ』
『いや、そうかも知れないけど』
『……昨日、リンとデートしたでしょ』
『――――――』
『その前はサクラ。その前はタイガとも。……タイガとも。次は誰の番だと思う?ねえ、シロウ』
『……いや、別に他意は無いんだぞ。単に、』
『誘われたから、って言いたいんでしょ。そんなだから心配なのよ。一途な癖に流され易いんだから』
『……ごめん』
『謝る事じゃないわ。そこがシロウの良い所なんだから。でもね、』
『!―――な、何を』

『このままだと、リン辺りに流れ着く気が凄くするの。
『正面から戦って負けるのならともかく、眼中になし、ってのは嫌。
『―――だから、そろそろわたしも本格的に参戦しようかな、って思うの』



 頭の上で、交わされる問答。
 黙したままに。聴覚に神経を注ぎ、音を掻き集める。

 ……これはもしかしたら、告白と言う奴なのだろうか。

 向こうにいた頃。極々稀に放られていた、俗世の文献。時折見かけるその中に、こうやって異性に愛を囁く場面を目にした覚えが有る。
 その頃はまさか、『実物』を前にする事があろうとは、思っても見なかったのだけど。

「……頑張ってるね、イリヤ」

 我ながら間の抜けた感想を漏らす。召使として、友人として、姉として。こんな時、一体どういう感想を抱けば良いものなのだろう?

「ねえ、セラ。どうす―――」

 言いかけて。
 影を背負って、俯く姿―――意識だけのセラに、何故こんな形容が似合うのかが分からないけど、そんな異様な雰囲気を纏って彼女が何やら呟いている。
 『耳』を澄ませて、聞いてみる。

「郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛宮士郎衛」

 ―――途切れぬ呪詛に、『背』を向けて。
 上方だけに、意識を向ける。



『心配しなくても大丈夫よ。タイガは朝までぐっすり眠ってる筈だから。
『大人しくして。黙って身を任せてくれれば良いの。とっても可愛い、わたしの人形にしてあげる。
『あ、シロウが望むのなら逆でも良いよ。わたしがシロウの人形になってあげる。可愛がってくれるのならね。
『―――ねえシロウ。わたし、キリツグのせいで酷い目に遭ってたんだよ?
『今は毎日楽しいし、そんなに気にしてないけど。親の債務は、子供が払うのが筋だと思わない?
『……それに。シロウはわたしの兄でもあるんだからね。
『可愛い妹の頼み……聞いて、くれるでしょ?
『――――――お兄ちゃん』

『イ……イリヤ―――ともかく、』

 狼狽しきった、彼の声。
 バーサーカーと戦う時でさえ、発しなかった色を浮かべて。


『―――ふく。服を、着てくれ――――――!』


 その叫びに。何を想像し、どう心が乱れたのか。
 隣のセラに巻き込まれ、暗転逆転する視界。諸共に引き摺られて消える意識の中で、何故か。
 床板一枚隔てた上で、今まで見たことないくらい。
 とても綺麗で、妖しくて、怖くて。
 
 ―――心地良さ気に咲いた花。イリヤの輝く満開の笑顔を、見た様な気がした。





 





「はい、お水」
「こ―――こんなことを、している場合では」
「もう、遅いと思う」
 氷水の入ったコップをセラに差し出しながら、厳然たる事実を答える。
 セラの集中が乱れたせいで、遠見が破れて既に三十分が経つ。先程ようやく目覚めたセラは、よろめきながらも必死で『現場』を目指そうとしたのだけど。

「彼が拒否しなければ、もう終わってる」

 大体にして、ここから冬木の衛宮邸までは数時間を要する。それこそ『覗く』だけならば何とかなるかも知れないが、そんなことをしても意味が無い。
 ……興味がないと言ったら嘘になるけど。曲がりなりにも姉のする事では無いだろう。 
「う―――」
 がくりと、肩を落とすセラを見つめて。
 考える。

 
 ―――さて。実際どうなったのか。

 イリヤは客観的に見ても、美しい少女だ。外見のみならず、中身だってそう捨てたものではない。多少捻くれたり捩じくれたりはしているものの、基本は素直で聡明だ。セラのみならず、わたしから見ても魅力的だと思う。
 難点と言えば、外見の年齢だろうけど―――あの状況であそこまで真摯に迫られて、抗し切れる人間など居るのだろうか。イリヤの相手、エミヤシロウ自身も大して年齢は違わない。これは大した障害には成り得ないだろう。
 加えて、イリヤの言う彼のパーソナリティ。自身にも言えるからこそ、実感できるその傾向。

 ―――一途な癖に流され易いんだから。

 概算。暗算。目算、推理。知る限りの情報を整え、先の言葉を分析し。
 成るべき理を、推し量る。


「―――七対三、と言ったところ」
「……何がですか」

 疲れた口調で、怨嗟の言葉。
「別に」
 敢えて手負いの獣を刺激する事はない。

「それで。―――どうする?」

 ソファーに横たわるセラに向かって、言葉を投げる。
 正直言って。イリヤはイリヤで楽しくやっている様だ。エミヤシロウという少年も、見た限りではわたし達を邪険にしたりはしないだろう。
 だから、この際のんびりと向かっても良い。そう思ったのだけど。
「……決まって、います」
 疲弊し切った声で。それでも強く、尚強く。

「今すぐ向かいます。リーゼリットも、支度を」

「……ん」
 予想通りに。返った声に、頷き返す。
「……何を笑っているのですか、リーゼリット」
 半眼でこちらを睨み付けて来る。そんな様子も、好ましい。
 今まで無かった、感情を表に出したセラの顔。

「別に。―――それよりも、早く行かないと。イリヤが危ない。色々と」
「……そ、そうです。危ないです!急ぎますよ!早く!」
「セラ。鼻血」

 ハンカチを手渡しながら。
 考える。―――脆い家族。偽りの家族。それでも大事で、それしか無かったから。しがみ付き、手放さず、握り締めた、その縁。
 閉じた輪の中の三人。縮むことはあっても広がる事は無く、破れることはあっても補われる事は無い。
 それを心の底から覚悟して、同時に魂の一片までも恐怖した。
 減ることはあっても、増えることは無いのだと。
 そう、信じていたのだけど。

 ……変わるかも、しれない。

 もしかしたら。故郷を遠く離れた異国の地。この辺境で、わたし達『家族』は。
 ―――イリヤスフィール。姉として。妹の貴女を、放蕩娘の貴女を、心から誇りに思う。
 遠くない明日、まず出会ったら。一発頬を引っぱたいて、それから。
 思いっきり抱き締めて。
 ―――それからイリヤと、セラと一緒に。彼に頭を下げ告げる。



 ―――ようこそ。エミヤシロウ。
    わたし達の家族。わたしの、可愛い弟よ。



 夜は明け。真白の朝靄煙る中。
 薄濡れた土を踏み締め、黒い森から衛宮を目指す。
















「あ」

 ぱしん、と。
 堅く、小さな音を立て。抓んだ箸が、ひび割れる。
「……縁起が悪いなあ」
 手に持つそれを眺めやり、間桐桜は呟いた。確かに別段、丈夫な物と言う訳でも無い―――単なる木製の、しかも日用品の使いこなれた箸。何かの弾みでこうなる事も、有り得なくは無いのだろうけど。

「―――まさか、ね」

 胸中に湧き上がる、黒い不安を隅にやり。
 まだ自分では使ったことのない、砕けた箸を懐へ戻す。
 手持ち無沙汰にカップを持ち上げ、

「ごめんなさい、桜。待たせちゃって」

 口付ける前に、待ち兼ねた少女が階下へ姿を現した。
 ―――カップをソーサーに預け、万感の思いを込めて。

「……遅いです。待ってたんですからね。―――姉さん」

 立ち尽くし。
 少女―――遠坂凛は、その言葉に瞳を潤ませて。

「うん。ごめんね……桜」

 強く、抱擁を交わす。―――恐らく、十数年振りに。
 トオサカとマキリ。二つの家に別れ、まるで異なる道を歩いた、二人の少女。
 その道程が、交差した。 






「今日からは、ここを自分の家と思ってくれて良いわ。どうせわたし一人、部屋は余ってるんだし」
 姉さんが言う。確かにそれは、今のわたしにとっては有り難い。
 ―――間桐の人達を全て失い。住む家に、語る想い出を持たないわたしには。
「ありがとうございます。……でも、あの」
 流石に少し恥ずかしいけど、勇気を出して言ってみる。
 それは夢。幼い時から、今に至るまで。想い、焦がれた、桜の色の―――

「……姉さんの部屋で、姉さんと一緒に……というのは、駄目でしょうか?」

 ―――その時の姉さんの顔を、なんと表現したら良かったのか。
 目を見開いて、破顔して。涙を流し、口を押さえて。真っ赤な顔で、青くなる。
 思わずカップの中身を覗く。……変なものが入っていたのかもしれない。
「あ、駄目なら良いんです、ごめんなさい姉さん」
「あ、いや、その、駄目じゃない!むしろ嬉しい、うん、だけど」
 ……ここまで取り乱す姉さんを見るのは初めてだ。まあ、それを言ったら姉さんが取り乱す所も初めて見た気がするけれど。

「―――その。わたしも魔術師だからさ。家族とは言え、人に見せられない……うん、見せられない、ものもあるのよ」
「見せられないもの……ですか?」

 考えてみる。
 例えば姉さんが間桐の家に来たとして。
 足元に広がる、鈍色の海。
 奇怪に蠢く、蟲の―――

「はい。分かります」

 確かに、絶対に見られたくは無い。
「あ―――うん、分かってくれれば良いのよ」
 安堵の態で、息を吐く。気を取り直した様に、堅い笑顔を浮かべ。
「部屋は別に用意するから。それまでここでゆっくりしてて」
「はい。―――でも、もう少し……ここで、お話したいです」
 せっかく、わたしにも。本当の意味での、『家族』が戻ってきたのだから。
 それを確認したかったのだ。
 その色を。
 感触を。
 香りを。
 ―――暖かさを。

「―――うん。実は、わたしも」

 傍らには。照れくさそうに熟した、真っ赤な笑顔。


 ―――ああ、
     わたしは、
     帰って来たんだ。


 暫し二人で見詰め合う。沈黙のまま、暖かく。優しい時間に身を浸す。
「―――そういえばさっきも、何か騒がしかったですね。……何かあったんですか?」
 何となく、気恥ずかしくなり。どうでも良いような問いを、口走る。

「……あー、その。何か変な気配を感じたんだけどね」

 気のせいだったみたい、と肩を竦める。……へえ。姉さんでも、そんなことあるんだ。
 何かよっぽど、別の事に気を取られたりしていたのだろうか。
 暫し会話に花を咲かせる。他愛も無い、日常の話。わたしが望んで止まなかった。夢にまで見た、その時間。

「……そう言えば、桜。あなた、荷物はどうしたの?」

 ふと、訝しげに姉さんが言う。
 ―――ああ、そうだ。小なりとは言え持ち出した、衣服や周りの細々とした物。それらを詰めたバッグは既に、

「あ、先輩の所に置かせて貰ってます」

 何の気無しに返した答えに。
 ぴしり、と。空気が凍りつく。
 ……先程までの暖かさが、嘘だったかの様に。

「……それは、二度手間ね桜。こっちに運んでくるのが大変でしょ?」

 ―――ああ、そうか。

「……いいえ?そんな事無いですよ?」

 姉さんに、負けないくらい。満面の笑顔で、答えを投げる。

「―――ちゃんと、広くて綺麗な部屋を用意しといてあげるから。すぐにでも」
「―――ありがとうございます。でもすみません、わたし根が貧乏性で。広い部屋って苦手なんですよ」

 姉さんは、踏み込んで来た。

「あらら。大丈夫、すぐ慣れるわよ。なんて言ったって、愛しいお姉さんと一緒の暮らしなんだから」
「ええ、とても楽しみです。これからは『学校で』姉さんと一緒に過ごせるなんて」

 わたしは、踏み込んだ。

「……姉としてはね。狼の下に可愛い妹を送りたくないのよ。分かってくれるでしょう?」
「……妹としてもですね。鳶を心配し過ぎて身体を壊したら、大事な姉に申し訳無いなと」

 簡単な理屈だった。『押されれば落ちる』。それを避ける為には、何をするべきか。
 ―――決まっている。

「……ところで桜。この広い家に、二人ってのも少し寂しいと思わない?」
「……そうですね。言われてみれば、もう一人くらい居れば丁度良いかな」

 たった一つの簡単な理。





「桜。兄さん欲しくない?」
「姉さん。弟欲しくないですか?」





 どちらが『落とす』か、『落とされる』のか。
 ―――いざ、尋常に。

















「勝負―――!待て、このスーパーあくまっ子―――!」
 翌日の朝。
 衛宮邸では、涙に濡れる虎の嵐が吹き荒れたという。



















 約一名が堕ちたというのは、また別のお話。


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